
「内なる喜び」を歌で観客と響かせ合う、ヴァレリー・ジューン。親交の深いノラ・ジョーンズとの共演にも期待!
text = Natsumi Itoh
ヴァレリー・ジューンが約8年ぶりに来日する。しかも、そのステージ『ブルーノート・ジャズ・フェスティバル・イン・ジャパン 2025』の同じ日に、親交の深いノラ・ジョーンズが登場するというのも嬉しいニュースとなった。ノラとは、ヴァレリーの2枚目のアルバム『The Order of Time』(2017)や人気ポッドキャスト番組『Norah Jones Is Playing Along』(2022~23年)で共演。ヴァレリーの最新作『Owls, Omens, and Oracles』(2025)に収録された「Sweet Things Just for You」でも、ノラはバッキング・ヴォーカルで参加している。従って今回のフェスは、おそらく“生の共演”が実現する貴重な機会となる。
ヴァレリーの歌声は、とても特徴的だ。ざらざらとしたハスキーヴォイスでありながら、抱擁感のある甘さを宿し、日常の中から聞こえてきたというメロディや言葉を、祈りにも似たリフレインへと昇華する。「Joy, Joy!」のJoyであったり、「I Am In Love」でのLoveであったり。「Trust The Path」では“あなたがつらい状況にある時も 進むべき道を信じて”と、downを強く何度も繰り返すことで励ましていく。
その創作過程はユニークだ。彼女は庭の草花に触れている時など、ふと「声」が聞こえてくるという。それは一つの旋律にとどまらず、曲として形を持ちはじめる。こうした音楽的霊感は、幼少期から教会音楽に親しんだ経験とも結びついているのだろう。繰り返される言葉やフレーズはゴスペルの伝統を踏襲しつつ、現代的なポップ感覚と結びつき、聴衆を自然に参加者へと変えていく。光を求めるように前向きにさせてくれるそれらの歌は、ヴァレリーの歌の真骨頂でもある。
今回のパフォーマンスの中心となると思われるアルバム『Owls, Omens, and Oracles』は、全体を通して、カントリーやブルーグラスの元になったアパラチアン・フォークから、ブルース、ゴスペル、ソウル、フォーク、インディ・ロックといった要素が複雑に織り込まれている。そして、自身が“オーガニック・ムーンシャイン・ルーツ・ミュージック”と呼ぶ、独自の音楽世界を構築している。
プロデュースを務めたのはM・ウォード。シー&ヒムの活動で世界的に有名になった、卓越したギター奏法でも知られるシンガー・ソングライターだ。プロデューサーとしてもジェニー・ルイスやメイヴィス・ステイプルズらを手がけるなど、評価が高く、ノラ・ジョーンズとの共演もある。このアルバムではウォードがほとんどの曲でギターを演奏し、ヴァレリーも歌に加えて、アコースティック・ギターやバンジョーをフィンガー・ピッキング奏法で担当。演奏はテープ録音で、熱量そのままのバンド演奏が収録されている。
1曲目「Joy, Joy!」では、観客の手拍子や足踏みを誘う高揚感あふれるリズムに押されるようにして、“魂の中に喜びを見つけよう”と、繰り返し歌う。彼女の代表曲の1つ「Astral Plane」(2016)での思想を引き継いだ歌で、「自分の内なる光を信じて魂の導き役に従えば、喜びを見つけられる」と歌い示す。「Endless Tree」では果てしなく伸びる木々の枝を喩えにしながら、「平和と調和に満ちた地球を目指す準備ができているか、互いに意見が一致しない場合でも、その違いを尊重して共に自由に成長できますように」と問いかける。
「Changed」では、ゴスペルの伝説的グループ、ブラインド・ボーイズ・オブ・アラバマを迎え、困難に立ち向かい成長していく姿を、ニューオーリンズ風のブラスで彩る。また「Superpower」では、共作したというDJカヴェムの電子音やネイト・ウォルコット(ブライト・アイズ)のハモンドオルガンなどを背景にして、自身の詩「Blank Page」をスポークンワードとして読み上げる。このように全14曲ひとつひとつを丁寧に仕上げており、アメリカーナをベースに表現形態そのものを拡張する試みに挑戦しているのだ。
そのメッセージの核心には「喜び」がある。ヴァレリーは「泥がなければ蓮は咲かない」という言葉をインタビューで引用しながら、喪失や挫折を経験しても純粋な喜びを失わないことの大切さを説く。彼女の祖先がブルースを生み出したように、「苦悩から“喜び”を紡ぎ出す力こそが、人間の根源的な創造性」だと考えている。アルバムタイトル『Owls, Omens, and Oracles』は、日本語では「フクロウ、兆し、神託」となり、ここでのフクロウを“未来や真実を見通す存在”、もしくは“霊的な存在”、“自然との共生のシンボル”として解釈することで、まさにヴァレリーの思想を音楽的に体現した作品と位置づけることができると思う。
ヴァレリー・ジューン・ホケットはテネシー州ジャクソンに生まれ、教会で歌った経験や、父親の影響で親しんだR&Bやソウルミュージックが彼女の音楽基盤を築いた。そして、ブラック・キーズのダン・オーバーバックをプロデューサーに迎えたアルバム『Pushin’ Against Stone』(2013)が各方面から高く評価され、ミシェル・オバマがファンだと公言するなどして、一躍注目を集める。続く『The Order of Time』(2017)は、ボブ・ディランが「最近聴いて良かったレコード」として彼女の作品を挙げたことも話題となった。さらに「Call Me A Fool feat. Carla Thomas」(2021)は、第64回グラミー賞において最優秀アメリカン・ルーツ・ソング部門にノミネートされるなどして、着実に評価されてきた。
彼女は音楽活動と並行して、詩人・作家としても活躍している。2021年には詩とアート作品などをまとめた書籍『Maps for the Modern World』(前述の「Blank Page」収録)を刊行し、翌年には児童書、さらに2023年には自己啓発的ワークブック『Light Beams: A Workbook for Being Your Badass Self』を出版。これらの著作はいずれも「創造性」「喜び」「共生」といったテーマを扱っており、音楽と文学の両面から彼女の思想を形にしている。
また、音楽的・思想的影響を受けた人物として、ジョニ・ミッチェル、ボブ・ディラン、トレイシー・チャップマンらに加え、古代ペルシャの詩人ハフェズ、人権活動家でフェミニストの作家・詩人であるオードリー・ロード、ポタワタミ族の植物学者ロビン・ウォール・キマラーらの名をあげている。そしてヴァレリーは、「花やあらゆる生き物が創造のパートナーとなる力を信じている」と語り、人間中心的な価値観を超えた包括的な世界観を提示する。これは、自然と人間の関係を問い直すエコクリティシズム的な視座とも通じるといえよう。
SNSやニュースにあふれる不安や分断の空気を前に、ヴァレリー・ジューンは「生きていることを祝福しよう」と歌う。その姿勢は単なるメッセージではなく、聴衆を巻き込みながら共に「喜び」を創造する行為そのものだ。今回の来日公演は、そうした「美しい人生を共創する」という願いから生まれた「共創の音楽」を体感できる貴重な場となる。ヴァレリー・ジューンの思いや歌が日本の観客とどのように響き合うのか、そしてノラ・ジョーンズや、御大ドン・ウォズのバンドとの共演も叶うよう、楽しみにしていたい。
ドキュメンタリー映画『リトル・リチャード:アイ・アム・エヴリシング』(日本公開2024年)では、シスター・ロザッタ・サープの「Strange Things Happening Every Day」をカヴァー。

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LIVE INFORMATION
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Blue Note JAZZ FESTIVAL in JAPAN 2025
2025 9.27 sat., 9.28 sun.
Open12:00pm Start1:00pm
https://bluenotejazzfestival.jp
★ヴァレリー・ジューンは 9.27 sat. に出演!
▶︎9.27 sat.
NORAH JONES
TAKE 6 with MIHO HAZAMA Jazz Orchestra
DON WAS & THE PAN-DETROIT ENSEMBLE
AMARO FREITAS
VALERIE JUNE
▶︎9.28 sun.
NE-YO
TOWER OF POWER
DAICHI MIURA
INCOGNITO
SOIL&”PIMP”SESSIONS with special guest RYOSUKE NAGAOKA
伊藤なつみ(いとう・なつみ)
音楽ジャーナリスト、編集者。出版社勤務を経てフリーとなり、FM番組のパーソナリティーや構成作家を担当。長年にわたり、デヴィッド・ボウイや坂本龍一をはじめとする国内外のアーティストに数多くインタビューし、さまざまな媒体に寄稿。CDの解説原稿も数多く執筆。映画や文学にも造詣を深めている。