
スタイリッシュなグルーヴと情熱的なヴォーカルで会場をOne LoveにするUKジャズ・ファンクの現在進行形レジェンド
text = Tsuyoshi Hayashi
ブルーノート東京のロビーや客席でライヴの開演を待つ間、インコグニートの「Everyday」(95年)を何度耳にしたことか。バンドの総帥であるギタリストでプロデューサーのジャン=ポール“ブルーイ”モーニック(以下ブルーイ)が話していたように、ブルーノート東京はインコグニートにとっての“ホーム”であり、今や彼らはこのジャズ・クラブ屈指のレジデント・アーティストと言える存在だ。ブルーノート東京への初登場は99年12月。以降、コロナ禍の一時期を除くと、ほぼ毎年来日している。東日本大震災直後には、日本のことを思うがあまりに周囲の反対を押し切って公演を決行したほど。なにしろブルーイは、夫人が日本人で、結婚のプロポーズをステージ上で行ったほどの親日家にしてブルーノート贔屓。そんな彼らだけにBlue Note JAZZ FESTIVAL in JAPAN(以下BNJF)出演は自然な流れであり、誰もが納得するアーティストだろう。
BNJFへの出演は2015年の初回に続き、今回で二度目。結成45周年の2024年には、2度の来日を通して全27公演をこなしたが、「ツアーを続けるためにレコードを作っている」とブルーイが話すように、インコグニートは根っからのライヴ・バンドである。常に安定したクオリティの作品を出してきた彼らはステージでも期待を裏切らない。過去の大半の公演がソールドアウトであったことが、そのパフォーマンスの素晴らしさを証明している。自身を“ブルちゃん”と呼ぶブルーイのオープンなマインド、職人気質でありながら難しい顔をせず、リスナーをハッピーな気分にさせる人間的な魅力も人気の秘訣だ。
ブルーイが一時在籍していたライト・オブ・ザ・ワールドの仲間を引き連れて79年にイギリスのロンドンで結成。80年に「Parisienne Girl」でデビューし、81年にファースト・アルバム『Jazz Funk』をリリースした。ファースト・アルバムのタイトルはブリティッシュ・ファンクの一群としてフュージョン色の強いジャズ・ファンクをやっていた彼らの音楽性を端的に言い表していた。が、広く知られるようになったのは、デビュー・アルバムの後、しばらくのブランクを経て、90年代初頭にジャイルズ・ピーターソンが舵を取るトーキング・ラウドから再出発して以降のことだ。ジョセリン・ブラウンが歌うロニー・ロウズ~サイド・エフェクトのカヴァー「Always There」(91年)がクラブ・ヒットとなり、その名が知られるようになった。70年代のソウル、ファンク、ジャズ、ブラジル音楽などをベースに、それらを当時のクラブ・ミュージックの感覚も踏まえてバンド演奏したインコグニートの音楽は、ザ・ブラン・ニュー・ヘヴィーズやジャミロクワイなどとともに“アシッド・ジャズ“というタームのもとで世界的に人気を博していく。スティーヴィ・ワンダー「Don’t You Worry ’Bout A Thing」のカヴァー(92年)や「Still A Friend Of Mine」(93年)は当時の彼らを代表する名曲だ。その後、「Everyday」(95年)などが続いた。
自主レーベルに籍を移した2002年以降もコンスタントに作品を発表し、スタジオ録音のオリジナル・アルバムは、2023年の最新作『Into You』まで19枚。ライヴやリミックス、ベストなどの企画作品も含めると、その数は倍近くに及ぶ。どの作品を聴いてもインコグニート印が刻まれており、この30年間、音楽のシーンやトレンドが目まぐるしく変化する中で自分たちのスタイルを貫いてきた。しかも、フレッシュであり続けている。その理由のひとつとしては、常に新しいヴォーカリストを招き入れて、風通しをよくしているからだろう。これまでに、メイサ・リーク、カーリーン・アンダーソン(ゲスト出演のみ)、ジョイ・ローズ、イマーニ、トニー・モムレル、ケリー・セイ、ナタリー・ダンカン、モー・ブランディス、ヴァネッサ・ヘインズ、チェリー・Vなどの実力派シンガーが出入りした。その多くはソロや別のバンドでも活躍している。
“匿名”を意味するバンド名どおり、ブルーイを軸としながら多国籍のミュージシャンが出入りするなどメンバーは流動的。その意味ではジョージ・クリントン率いるPファンク軍団にも似ている。だが、大所帯ならではのアンサンブルを活かした上質で洗練されたサウンドは、70年代のソウルやファンク、ジャズをお手本にしながらも唯一無二。シグネイチャーを失うことなく前進し続けている。
現在コア・メンバーとしてバンドを支えているのは、ブルーイと現ミュージックディレクターのフランシス・ヒルトン(ベース)を中心に、フランチェスコ・メンドリア(ドラムス)、ジョァン・カエタノ(パーカッション)といった名手たち。長年ミュージックディレクターを務めていたマット・クーパー(キーボード)がバンドを離れた後も、キッコ・アロッタ(キーボード、ヴォーカル)のような腕利きがその穴を埋めた。ギターも、フランシスコ・サレスに代わって現在はシトラス・サンを含む最近のツアーに参加しているチャーリー・アレンが常駐となった。人力演奏のダイナミクスを鮮やかに彩る3管のホーン隊も、メンバーが入れ替わろうと従来どおりの快音を放つ。彼らの場合、メンバー交代は、むしろプラスに働いている。様々なジャンルや国籍のアーティストが集うハブのような存在として出入り自由な環境を作っていることがバンドを成長させ、参加者全員が個性を発揮できる舞台としても機能しているのがインコグニートの素晴らしいところだ。
加えて彼らは、レジェンドから新人まで、外部アーティストを紹介する媒介役としても知られている。ブルーノート東京で行った公演でも、ブルーイのアイドルであるリオン・ウェアやチャカ・カーン、ボビー・ハンフリーといったレジェンドを迎え、時にはブラジルのエジ・モッタやイタリアのマリオ・ビオンディといった世界的にはまだ知られていなかったアーティストも引き連れて、彼らの日本での知名度アップに貢献した。それはジョージ・ベンソンからクレモンティーヌまで幅広いジャンルのアーティストを手掛けてきたブルーイならではと言える。そして、ブルーイの別ユニットであるシトラス・サンをはじめとするインコグニートのスピンオフ的企画も忘れ難い。ブルーイがシンガーとして出したアルバムも、その流れにあるものだ。
インコグニートがたびたび行う名曲のカヴァーは、ブルーイがノース・ロンドンにあるレコード店のスタッフとしてアメリカのレコードを輸入していた10代の頃の経験やDJとしての感性が反映されている。2010年作『Transatlantic RPM』では、まさにそうしたレコード・ショップ店員時代の思い出込みで、ボズ・スキャッグスの「Lowdown」をマリオ・ビオンディとチャカ・カーンに歌わせ、“ブラジルのアース・ウィンド&ファイア“と言われるバンダ・ブラック・リオの「Expresso Madureira」をカヴァー。2014年作『Amplified Soul』ではアトランティック・スターの「Silver Shadow」、2023年に日本独自企画で出された編集盤『TOKYO DREAMS』ではザ・システムの「You Are In My System」といった80年代ブラック・コンテンポラリーの名曲もカヴァーしている。こうして自身の音楽的ルーツを示す一方で、最新作『Into You』では、ネオ・ソウルやUKジャズの気鋭を迎えたほか、バジル・ペティとドゥルー・ワイネンが2022年に連名で発表したハウス・ナンバー「Grosse Soirée」の再構築(「Nothing Makes Me Feel Better」)に挑むなど、現代的な視点も忘れていない。ブルーイはアンダーソン・パーク一派であるレイ・カリルのシングル「Is It Worth It」(2024年)にいち早く反応するなど、現行のR&Bなども常にチェックしているようだ。そして、近年はブルーイが旧知のジャイルス・ピーターソンと80年前後のブリット・ファンクをリコンストラクトするプロジェクト、STR4TA(ストラータ)としてもアルバムを出し、これも注目を集めた。
現在インコグニートは、ブルーイが共同経営者として名を連ねるSplash Blueから作品をリリースしている。2025年8月時点での最新作は、ゼビュロン・エリスが歌う7月リリースのシングル「Strangers Become Friends」。ゼビュロン・エリスは、カーク・フランクリンがホストを務める米BETのゴスペル・タレント発掘番組「Sunday Best」で名を上げた米ジョージア出身のシンガー。タイラー・ペリーの舞台作品にも牧師役で出演していた彼は、パワフルでダイナミックなヴォーカルで注目を集めている。今回のBNJFには、そのゼビュロン・エリスを含めた12名の大所帯で来日。ヴォーカリストは、ゼビュロンのほか、ジョイ・ローズ、クレオ・レイン・スチュワートの3名。ジョイ・ローズは、90年代前半にトーキン・ラウドから作品を出していたパーセプションのメンバーとして活躍し、「100°and Rising」ツアー(1995)からインコグニートに参加しているジャマイカ系英国人の女性シンガー。情熱的で気品のあるヴォーカルは定評が高い。そして、クレオ・レイン・スチュワートは、ピアニスト/ダンサー/俳優の肩書きも持つロンドン出身の女性シンガー。TVオーディション番組「The Voice UK」でのパフォーマンスも語り草で、名門ゴスペル・クワイアとも共演している彼女のパワフルな歌唱も最新版のインコグニートに華を添えてくれるだろう。
ライヴの最後で「肌の色や宗教を超えてひとつになろう」とブルーイが呼び掛け、ボブ・マーリーの「One Love」を流しながら退場する流れはお約束だ。様々なアーティストがパフォーマンスを行い、様々な観客が行き交うBNJFの会場を、今回もインコグニートがOne Loveで繋いでくれると期待したい。

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LIVE INFORMATION
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Blue Note JAZZ FESTIVAL in JAPAN 2025
2025 9.27 sat., 9.28 sun.
Open12:00pm Start1:00pm
https://bluenotejazzfestival.jp
★インコグニートは 9.28 sun. に出演!
▶︎9.27 sat.
NORAH JONES
TAKE 6 with MIHO HAZAMA Jazz Orchestra
DON WAS & THE PAN-DETROIT ENSEMBLE
AMARO FREITAS
VALERIE JUNE
▶︎9.28 sun.
NE-YO
TOWER OF POWER
DAICHI MIURA
INCOGNITO
SOIL&”PIMP”SESSIONS with special guest RYOSUKE NAGAOKA
林 剛(はやし・つよし)
R&B/ソウルをメインに定点観測し続ける音楽ジャーナリスト。音楽雑誌やウェブメディアへの寄稿をはじめ、新譜や旧譜のライナーノーツ、書籍の監修/執筆も多数。ラジオ日本でR&Bのミニ番組「R&B Experience」(毎週火曜21:45~22:00)のパーソナリティも務める。R&Bのニューリリースやソウルのリイシュー情報などをSNSでランダムに投稿中。