
デトロイトの音楽のエッセンスを凝縮、昇華した
Don Was & The Pan-Detroit Ensemble
text = Kenichi Aono
ドン・ウォズの名を聞いて「ブルーノート・レコードの現社長」と理解する方は多いと思われるが、氏がベーシスト、つまりミュージシャンであることは、いまとなってはあまり知られていないかもしれない。それなので、ブルーノート東京と「Blue Note JAZZ FESTIVAL in JAPAN」に自身のバンド「Don Was & The Pan-Detroit Ensemble」を率いて出演するというニュースに驚かれた方は少なくなかったのではないだろうか。
ブルーノート・レコードの社長に就任する前は、1990年代からプロデューサーとしてローリング・ストーンズやレナード・コーエン、ボブ・ディランといった名だたるアーティスト、グループの仕事に携わっていた氏だが、それ以前は「WAS (NOT WAS)」というユニットでフリーキーなニューウェーヴ・ディスコを展開していた。プロデュース業が仕事の中心だった頃には、演奏家としての側面は後景に退き、それゆえミュージシャンという印象も薄くなっていったというわけである。氏が5月に短期間来日した際、話を伺う機会を得たが、超一流のソングライターと仕事をしたことで、自分の曲など書くことができなくなってしまったとそのときに話していた。このことからわかるのは、大成したプロデューサーである一方で、ずっと自分の音楽をどうにか作り上げられないかと模索し続けていたという事実。「書こうとしたけれど書けなかった」のである。
このように気持ちはあったものの演奏家として表立った活動をしてこなかった氏がふたたびバンドを結成することを決意したのは約2年前。旧知の友人でトランペット奏者のテレンス・ブランチャードから、彼がキュレーションする地元デトロイトでのライブ・イベントへの出演を打診され、当時はバンドなどなかったにもかかわらず「やる」と答えてしまったことが発端となっている。そして、そのショーの半年ほど前に、氏の出身地であるデトロイトのミュージシャンに声をかけてできあがったのが「Don Was & The Pan-Detroit Ensemble」だ。
総勢9名からなるこのバンドは、ヴォーカル、ドラムス、ベース、パーカッション、ギター、キーボード、サックス、トランペット、トロンボーンという編成。メンバーにはWAS (NOT WAS)にも参加していたサックス奏者のデイヴ・マクマレイ、エミネムのコラボレーターとして知られる鍵盤奏者のルイス・レストという、氏とは長い付き合いのミュージシャンも含まれている。このバンドが奏でるサウンドは、控えめさと饒舌さが絶妙に共存するよく練られたアンサンブルという印象。アドリブ・パートに依存しすぎず、楽曲としてのまとまりのなかで各演奏家が個性を発揮しており、実に現代的なジャズといえよう。ボーカルを務めるのはステファニー・クリスティアン。デトロイト・テクノのオリジネイターのひとり、ケヴィン・サンダーソンが1988年に結成したユニット「インナー・シティ」で近年ボーカルを担当しているのが彼女だ。実にソウルフルな歌声でインナー・シティのマシン・ビートにはつらつとした躍動感を与えている彼女は、このThe Pan-Detroit Ensembleでもその魅力を存分に発揮し、楽曲にソウルと親しみやすいポップネスをもたらしている。
氏は、自分が表現したい音を長年頭のなかに描いていたという。それは氏の言葉を借りるならば「デトロイト・サウンド」。自動車産業で栄えたモーター・シティであるデトロイトは、ジョン・リー・フッカー、ミッチ・ライダー、ジョージ・クリントン、MC5、ストゥージズ、ドナルド・バード、ケニー・バロン、ユセフ・ラティーフ、ロン・カーターといったアーティスト、グループにゆかりのある街で、〈モータウン〉などのレコード・レーベルも彼の地のものだ。氏は子どもの頃からそうしたデトロイトの音楽に触れ、心惹かれてきたわけで、当然ながらそれらの経験が氏の音楽的下地といえる。
今回のバンドは大まかなくくりでいえばジャズと呼べるが、そこにはジョン・リー・フッカーのブルース、ジョージ・クリントンのファンクネス、ドナルド・バードの構成力、モータウンのソウルとポップネス、さまざまなジャズ・ミュージシャンの卓越した表現力などが凝縮、昇華されている。思い返すとWAS (NOT WAS)にもそうした側面を垣間見ることができるが、ともあれ氏が追い求めている「デトロイト・サウンド」の現時点でのアウトプットがこのThe Pan-Detroit Ensembleであるのは間違いのないところ。ほかの8人のメンバーも全員がデトロイト出身で、世代の違いはあれど、音楽的なバックグラウンドの共有地が大きいことも当然ながら重要だろう。今回の公演は氏にとって約30年ぶりとなる日本でのパフォーマンス。長らく温めてきたドン・ウォズ版「デトロイト・サウンド」を思う存分プレイしてくれるにちがいない。

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LIVE INFORMATION
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Blue Note JAZZ FESTIVAL in JAPAN 2025
2025 9.27 sat., 9.28 sun.
Open12:00pm Start1:00pm
https://bluenotejazzfestival.jp
★ドン・ウォズは 9.27 sat. に出演!
▶︎9.27 sat.
NORAH JONES
DON WAS & THE PAN-DETROIT ENSEMBLE
VALERIE JUNE
and more
▶︎9.28 sun.
NE-YO
三浦大知
INCOGNITO
and more
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★9.24 wed.~9.26 fri.の3日間はブルーノート東京でも公演開催!
DON WAS & THE PAN-DETROIT ENSEMBLE
2025 9.24 wed., 9.25 thu., 9.26 fri. ブルーノート東京
https://www.bluenote.co.jp/jp/artists/don-was/
青野 賢一(あおの・けんいち)
文筆家、選曲家、DJ。BEAMSにてPRやクリエイティブディレクターなどを務め、2021年10月に独立。音楽、映画、ファッション、美術などを横断的に論ずる文筆家としてさまざまな媒体に寄稿している。2022年に『音楽とファッション 6つの現代的視点』(リットーミュージック)を上梓した。