タンク・アンド・ザ・バンガスのフロントウーマン
タリオナ“タンク”ボールが語るバンドの現在・過去・未来
interview & text = Tsuyoshi Hayashi
interpretation = Kazumi Someya
タンク・アンド・ザ・バンガスがブルーノート東京で初来日公演を行ったのは2020年1月~2月、コロナ禍直前のこと。「最優秀新人賞」にノミネートされた第62回グラミー賞の授賞式直後の来日で、高い関心が寄せられる中での公演だった。ソウル、R&B、ヒップホップ、ジャズなどのガンボ(ごった煮)とでも言うべき、カッティングエッジにしてトラディショナルなステージは自由奔放。タリオナ“タンク”ボールがバウンス・ビートに合わせて踊ったトゥワーキングも含めて、まるでニューオーリンズにいるような気分にさせてくれた。そんな彼らが約4年半ぶりに来日。今回はBlue Note Jazz Festival in Japan(BNJF)と、ブルーノート東京でのリーダー公演の2パターンのショウが用意されている。来日を目前に控えたタリオナが、バンドの近況や新作、BNJF出演への意気込みなどをニューオーリンズからZoomの画面越しに語ってくれた。
近年のタンク・アンド・ザ・バンガスについて、「バンドとして幅を広げて、ものすごく成長した」と話すタリオナ。実際にヴァーヴ・フォアキャストとのメジャー契約後は目指しく進化しており、結成した2011年頃と比べると、今は別世界にいる気分だという。昨年は、インディペンデントのアーティストとして2013年に発表したデビュー・アルバム『Think Tank』の10周年記念アナログをリリース。遠い目をしながらタリオナが言う。
「10年近く前…あの頃はもがき苦しんでいて、人の家に転がり込んで床やソファに寝かせてもらったりしていた。アルバムを出したくて仕方がなかったけど、いざ作業に入ると時間がなくて、一晩でミックスしなきゃいけなかったり、すべてがギリギリだった。自分たちの計画通りにやりたかったのにそれができなくて…あれはもう繰り返したくない経験。 実は当時の未発表曲もいっぱいあるけど、今はそれは置いておいて、新しいものをどんどんやっていきたいっていうフェーズにきている」
その後、フル・アルバムとしては『Green Balloon』(2019年)と『Red Balloon』(2022年)をヴァーヴ・フォアキャストから発表。ともに地元仲間を含めた様々なアーティストやプロデューサーを招いた作品で、“緑の風船“と“赤の風船“という表題は当時のバンドの現状を表していた。
「“グリーン“は若くて蒼いという意味。実際に私たちは若かったし、無知でナイーヴだった。これから伸びていく“青葉“でもあったわけだけど、本当に未熟で、まだ模索していた状態。それから“レッド“に至る頃には徐々に成熟してきて、これからどこへ行こうか?といった局面に来ていた。まさに“未熟な緑“から“成熟した赤”へという連続性を持たせたタイトルね」
タリオナはタンク・アンド・ザ・バンガスを始める前にポエトリー・スラムのシーンで活動しており、所属していたスラム・ニューオーリンズ(SNO)としては、ラッセル・シモンズが主催したHBOのポエトリー・スラム番組「Brand New Voices」に出演したこともある。バンドは進化し続けているが、ポエトリー・リーディング/スポークンワーズを軸にした音楽表現は現在まで一貫している。
「SNOでの活動は本当に楽しかった。感覚的には今の感じに近いかもしれない。私はずっとポエトリー・リーディングを自分の一番得意なものとしてやってきた。SNOではオリジナル曲で歌も少しやったり、必要に応じていろんなことにトライしてきたけど、やっぱり私がやっていきたいのはポエトリー・リーディングで勝負すること。それを生のバンドでやってみたいという思いがバンガスの結成へと結びついた。まさにSNOでの経験がシームレスに今に繋がっている」
昨年は既発のポエトリー・リーディング曲を集めたオムニバスEP『Pretty Poems』を出したが、今夏には同じくポエトリー・リーディング中心の新曲で構成したEPシリーズを順次発表。現時点で出されているのは『The Heart』と『The Mind』で、シリーズは、最後の『The Soul』を合体したトリロジー・アルバム『The Mind,The Heart,The Soul』として完結する(※配信版は8月30日にリリース)。
「今度の『The Soul』で3部作が完成するんだけど、私たちの作品発表の仕方は、ゆっくり熟成していくようなプロセスで、ファンのみんなに“じっくり味わいながら次の作品を待ってて!“っていうスタンスなの。最近は本当にメディアの動きが早すぎるでしょ。だから、3部作として完結した頃には最初の『The Heart』がちょっと古いと感じられるかもしれない。だけど、それでいいと思うし、そのくらいのテンポでやっていこうと思ってる」
『The Heart』はジェイムズ・ポイザーと組んだ作品で、一曲目の“A Poem Is”には、かつてポイザーたちの援護でデビューしたジル・スコットが客演している。以前タリオナは、同じく詩人でもあるジル・スコットの“It’s Love”をライヴで歌っていたことがあるが、今回のコラボは、ジルたちを輩出した〈Black Lily〉へのオマージュといった趣もある。99年から2000年代前半にフィラデルフィアとNYで行われていた女性優先のオープンマイク・イヴェントだ。
「〈Black Lily〉的というのは、メンバーのノーマン(・スペンス)の趣味ね。実は私、ジェイムズ・ポイザーのことをよくわかっていなくて、ノーマンから名前を聞いてネオ・ソウル・ムーヴメントを作った人なんだって知った。ジェイムズには私たちの映像を見てもらって、彼が気に入ってくれたから、すぐに電話番号を交換して…という流れ。ノーマンからは、今自分たちがやってることとは少し違うかもしれないと言われたけど、でも、私の中にはそうした(ネオ・ソウル的な)要素が入っている。ジル・スコットを招いたのは、まさにそうやってフィリー・ソウルのソウルフルなヴァイブを私たちが未来に繋いでいくため。ジルはすごく忙しい人だけど、私たちのためにわざわざニューオーリンズに来てくれた。会ったのはまだ2回だけだけど仲間意識みたいなものがある」
続いて出された『The Mind』はLA のシンガー/プロデューサーであるイマン・オマーリと組んだ作品。こちらにはNYブルックリン出身の詩人アイジャ・モネイとシンガーのヤヤ・ベイを迎えている。
「イマン・オマーリは私が大ファンで、彼が関わっている作品は片っ端から聴いているほど。何度も繰り返し聴いていたので一緒にやれるのは本当に夢みたいだった。だから、さっきの『The Heart』がノーマンの夢が叶ったコラボレーションだとすれば、『The Mind』は私の夢が叶ったコラボレーション。アイジャに関しては去年グラミー賞のスポークンワーズ/ポエトリー部門でノミネートされていたので、気になって聴いてみたの。声にすごく温かみがあって、メタファーの使い方がいいなって思ってお願いした。ヤヤ・ベイも噂に聞いていた程度でよく知らなかったんだけど、曲を聴いてみたら彼女自身のヴァイブがあって、心が詩人だなと思った。今や多くのファンがいて、とても愛されている。イマンのカリフォルニアのクールさと彼女たちのニューヨーク的な自信が相まって、いい作品になると思ったのよ」
『The Soul』はロバート・グラスパーとのコラボ作で、その先行シングルとしてサマラ・ジョイを招いた“Remember”を発表。ここでもタンクは淀みないスポークン・ワーズを披露している。同曲でのサマラ・ジョイを含めて、タリオナがこれまでに曲の中で声を分け合ってきた共演相手は、レイラ・ハサウェイやアレックス・アイズレー、ノラ・ジョーンズなど女性が目立つ。
「私はガールズ・ガール、女の中の女だから(笑)。女性との共演が多いのは偶然だという気もしているけど、私がこの声で伝えようとしているメッセージや語っていることが女性に訴えかける要素が多いというのはあるかも。バンドがほぼ男性ばかりだから、感覚的に女性とばかりコラボレーションしてる感じはしないけど(笑)。バンド以外でも、ペルやPJモートン、ジェイコブ・コリアーなんかと一緒にやってるしね」
ペルやPJモートンをはじめ、トロンボーン・ショーティ、ビッグ・フリーダ、ジェイムソン・ロスといった、現代のニューオーリンズを代表するミュージシャンたちとの共演は、音楽を超えた生活全般を含む地元コミュニティにおける仲間意識の表れと言ってもいいのかもしれない。
「まさに。やっぱりホームの人たちだし、ジェイムソン・ロスのように地元出身じゃなくてもニューオーリンズが大好きなアーティストも含めて、近くにいて仕事が一緒にしやすいしね。有名になった人でもメッセージを残せばすぐ返事をくれるし、いつもそばにいて味方でいてくれるっていう感覚がある。あと、“エス・エイチ・アイ・ティー”(※言葉を選んで“シット(Sh*t)“と言うのは避けた)なことをやらない人たちね(笑)」
『Red Balloon』の日本盤CDなどに収録されたシングル“Black Folk”は地元のブラック・ネイバーフッドを謳った曲。滋味深く包容力のあるスポークンワードからは、ハードだがゆったりと時が流れるニューオーリンズのバイウォーター地区で育ったタリオナの地元愛が溢れ出す。また、エムトゥーメイ“Juicy Fruit”のビートを軸にフレンチクオーターでの穏やかな午後を歌った“Café Du Monde“は、ニューオーリンズの観光名所として知られる老舗カフェ(ベニエとチコリ・コーヒーで有名)の名前を冠したメロウ・チューンだ。
「“Black Folk”はライヴでやると本当に盛り上がる曲。私にとっても大事な曲で、まさにアンセムね。コロナでいろいろ止まってしまった時が特にそうだったんだけど、地元で蔓延していたドラックやホームレスの問題、あと、メンタル的な病気を抱えている人たちに対して私からラブレターを送りたいと思って書いた。嘘のないラブレターよ。お客さんの中にブラックの人がひとりしかいなくても“あなたのために書いたのよ“っていう気持ちでそれを演ることで、周りの人たちみんなに伝わっていく。ニューオーリンズっていうと、ジャズやブラス・バンド、バウンス・ミュージックがあって、トラディショナルだったり特殊な音楽を生み出しているイメージがあるわよね。実際に私たちの曲でも、“Black Folk”、それに“Café Du Monde”や“To Be Real”は、そういったニューオーリンズ的な部分に意図的に踏み込んで書いた。私がどれだけこの街を愛しているか、それを私なりのかたちで音や詩を通して伝えたいという思いでやっているの。ニューオーリンズっぽい曲ばかりをやっているわけではないけど、ああいう曲で街への愛を感じてもらえたら嬉しいなって」
インディ時代から複数のライヴ作品を出してきたタンク・アンド・ザ・バンガスは、近年フェスへの出演も多く、コーチェラ、グラストンベリー、ボナルーのほか、各種ジャズ・フェスでも引っ張りダコだ。今年7月には「Essence」誌が主催する地元の名物フェスEssence Festivalのメイン・ステージに初登場。ティーナ・マリー“Square Biz“のリズムに乗せて“Why Try“でスタートしたショウは今の彼らの勢いを伝える快演だった。ティーナといえば、2000年代にキャッシュ・マネーから作品を出し、スタックスからはルイ・アームストロング公園にある(ジャズの発祥地とも言われる)神聖な広場に因んだアルバム『Congo Square』(2009年)を出すなどニューオーリンズとも縁深く、その意味でもティーナの曲を使ったことは意義深い。
「Essence Festivalはとにかく規模の大きなフェスティバルで、実はアリーナ・クラスの会場でやるショウは初めてだったから、お客さんにちゃんと伝わるのかな?って思ってたんだけど、あのフェスが持っているノスタルジックな雰囲気が私たちにハマって、びっくりするくらいアットホームな感じでやることができた。“Square Biz“と“Why Try”を組み合わせてチャカチャカとしたリズムに乗ってやるのが、もう本当に楽しくて。ティーナ・マリーはブラックじゃないけど、すごくソウルフルな人という部分で通じ合う。彼女が『Congo Square』なんてアルバムを出していたのは驚き! すぐにチェックしてみる。でも、キャッシュ・マネーと契約してリル・ウェインの周辺の人たちと一緒にやっていたのは知っていたから、そう思うと彼女がニューオーリンズにインスピレーションを受けていたっていうのはすごく筋が通っている」
現在はタリオナとノーマン・スペンスのふたり以外は、数年前と違ったメンバーで活動中。ドラム、ベース、キーボード、サックス/フルートの各奏者は一新された。8名で来日する今回の公演も大半が前回と異なるメンバーによるものとなる。
「バンドは基本的には私プラス3人で、2年おきくらいにメンバーが入れ替わって、ライヴもステージが大きくなるにつれてメンバーが増える形で現在に至っている。ギターのダニー・エイブルはもう何年もやってくれているけど、今回は新しいメンバーとしてCJノウルズというシカゴのドラマーと、マットって呼んでるマシュー・スキルズがベースをやっている。マットは優秀なベーシストで、何年か前、とあるフェスティヴァルでレイヴン・レネーと一緒にやっているのを見て彼から電話番号をもらった。それからは、前のベーシストが病気で来られなかったりすると穴埋めをしてくれていた。CJを紹介してくれたのもマットで、CJはトライアウトの時に“No ID”をやってくれたんだけど、これが最高で。本当にすごいドラマーよ。あと、バック・シンガーもふたり連れていく。ひとりはギャラクティックでも歌っているアンジェリカ“ジェリー”ジョセフ。もうひとりがオペラ・シンガーでもあるマーク・アンソニー・トーマス。彼らも素晴らしいシンガーね。ノーマンは最初からではないけど、初期の頃から一緒にやってくれて、私とふたりでサウンドを作る関係。私を原点に連れ戻してくれるような存在ね。こうした才能に恵まれた人たちが私のヴィジョンを理解してくれて一緒にやれているんだから、本当にラッキーだと思う」
初期の頃からサブ・メンバー的に関わってきたアンジェリカ“ジェリー“ジョセフは、タンク・アンド・ザ・バンガスが世界的に知られるようになったTiny Desk Concert(2017年3月公開)でも素晴らしいヴォーカルを披露していた。ニューオーリンズのミュージシャンの間で最初に声が掛かる、いわゆるファースト・コールのシンガーとしてもお馴染みの人だ。
「Tiny Desk Concertでの彼女も素晴らしかったわよね。それに、この前のEssence Festivalでも。リード・シンガーとして自分なりの活動も始めていて、どんなにスターになっても仲良くしてくれるし、歌をお願いしたら喜んで来てくれる。彼女にはLoveとRespectがある。本当に忙しい人なので、今回日本で一緒にやれるのはとても貴重なことだと思う」
では、今回のBNJFとブルーノート東京での公演は、どんなステージになるのだろうか。BNJFでは、彼らが登場する初日(9/21)にナズやジョージ・クリントン、翌日(9/22)にはナイル・ロジャース&シック、マーカス・ミラー、スナーキー・パピーらが出演するが、こうした面々がライヴを行うフェスでタンク・アンド・ザ・バンガスの音楽がどう響くのかといった点にも関心が集まる。
「レパートリーとしては、『Red Balloon』の曲を中心に、『Green Balloon』とEP3部作の『The Mind,The Heart,The Soul』の曲が少しずつという感じになると思う。EPの曲は最近ライヴでやって手応えを感じていて、まだステージで披露していない曲もあるから、それを日本でやってみようかなって思ってる。BNJFの出演者は共感できる人たちばかり。スナーキー・パピーとは彼らが主宰するGroundUP Music Festivalで“Spaceships“を一緒にやったこともあるしね。カリフォルニア州ナパでのBlue Note Jazz Festivalに出演したジョージ・クリントンやナズが東京でまた一緒にやるのもすごいことよね。そうしたジャイアンツたちの中でライヴをやる私たちはベイビー(赤ん坊)な気分。彼らの前では私はただのファンなので」
そんなタリオナが、「他の人がアレンジするのが難しいタンク・アンド・ザ・バンガスの音楽を、そのフレイヴァーやヴァイブスを生かしながら独自のものにしてくれた」と絶賛するのが、“No ID“のリミックスを手掛けた日本のSTUTSだ。タリオナは「彼とBNJFのステージで一緒にできたらドープなんだけど」と言うが、そうした日本公演ならではのサプライズにも期待しつつ、赤く熟れたタンク・アンド・ザ・バンガスの最新ステージを楽しみに待っていたい。
「日本のみんなが待っていてくれたのと同じぐらい、私たちも楽しみに待っていたんだから。前回は直前にグラミーの授賞式があってその足で日本に行ったけど、正直、グラミーよりも日本に行くのが楽しみだったくらい(笑)。着いた途端に大好き!って思って、帰国したら日本に戻りたくて仕方がなくて、もう遠距離恋愛みたいな感覚よ。清潔で美しくて(海外で)あんなにぐっすり眠れたこともないし、あれほど素晴らしいサウンド・エンジニアがいる音響でやったこともない。名古屋(公演)に行った時に食べた手羽先も美味しかったしね(笑)。あの雰囲気にまた浸ることができると思うと本当に楽しみ。ああ、待ちきれない!」
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LIVE INFORMATION
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Blue Note JAZZ FESTIVAL in JAPAN 2024
2024 9.21 sat., 9.22 sun.
Open12:00pm Start1:00pm
https://bluenotejazzfestival.jp
★ TANK AND THE BANGASは 9.21 sat. に出演!
▶︎9.21 sat.
NAS / PARLIAMENT FUNKADELIC feat. GEORGE CLINTON / MISIA & ⿊⽥卓也BAND / TANK AND THE BANGAS / .ENDRECHERI.
▶︎9.22 sun.
CHICAGO / MARCUS MILLER / NILE RODGERS & CHIC / SNARKY PUPPY / CANDY DULFER
林剛(はやし・つよし)
R&B/ソウルをメインに定点観測し続ける音楽ジャーナリスト。現在は『ブルース&ソウル・レコーズ』『bounce』『ミュージック・マガジン』『レコード・コレクターズ』の各誌で執筆し、ウェブメディアにも寄稿。新譜や旧譜のライナーノーツ、書籍の監修/執筆も多数。直近ではディスク・ガイド『ディスコ・マッドネス!』『80年代ソウル』を上梓。R&Bのニューリリースやソウルのリイシュー情報などをSNSでランダムに投稿中。