Blue Note JAZZ FESTIVAL in JAPAN 2017 (9.23 sat., 9.24 sun.) 開催中止のお知らせ →
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2017 9.23 SAT., 9.24 SUN.
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上原ひろみの〈未知との遭遇〉―ハーピスト、エドマール・カスタネーダとの共演を語る

上原ひろみの〈未知との遭遇〉―ハーピスト、エドマール・カスタネーダとの共演を語る

2107年9月24日(日)、Blue Note JAZZ FESTIVAL in JAPAN 2017のステージに上原ひろみが初参加する。編成はピアノとハープ。南米コロンビアのハープの名手、エドマール・カスタネーダとのデュオだ。このプロジェクトはアメリカやカナダ、ヨーロッパをまわり、多くのオーディエンスを熱狂させている。9月20日には、モントリオール国際ジャズ・フェスティヴァルでレコーディングした『ライヴ・イン・モントリオール』もリリース。ひろみの新プロジェクトが、ライブで、CDで、日本でもいよいよ披露される。先日、帰国した彼女にインタヴューした。

エドマールの演奏はまさしく〈未知との遭遇〉

――エドマールとはどのようにして出会ったのでしょう。

「2016年6月、場所はニューヨークからモントリオールへ向かう飛行機の機内です。モントリオール国際ジャズ・フェスティヴァルの参加者の多くが同じ便に乗っていました。ほかにも多くのミュージシャンがいたけれど、ハープはサイズが大きいこともあって、エドマールは目立っていました。彼とは初対面で、“同じステージですね。よろしく!”という挨拶をしたと思います。評判はもちろん以前から聞いていたので、この人がエドマール・カスタネーダなんだ、と」

コロンビア・ボゴタ出身のエドマールはコード、メロディ、ベース・ラインを同時に演奏するスタイルで注目を浴びる“アルパ(ハープ)の革命児”。

――彼のステージは観ましたか?

「はい。私の1つ前がエドマールの出番でした。フェスでは、私は必ず前のステージは観るようにしています。お客さんは1つ前の演奏の余韻を感じながら、次の私の演奏も聴くからです。ステージ袖で初めて観たエドマールの演奏には、びっくりしました。まさしく〈未知との遭遇〉。それまで私が知っていたハープは、クラシック音楽を演奏するヨーロッパのペダル・ハープでした。おそらくほとんどの方が頭のなかに思い描いているハープです。でも、エドマールが演奏する楽器は、上部にレバーが付いているレバー・ハープです。このタイプは、コロンビアとベネゼエラで演奏されています。その土地のフォーク・ミュージックを演奏されることが多いそうです。さらに彼は自分用にカスタマイズも行っています。ベース・アンプをつないでいて、低音域もよく鳴る。ギターとベースとドラムスを1人で演奏しているイメージでした。楽器、演奏法、音……。すべてが私にとって初めての体験でした。あまりに情報を持っていなかったので、ただただ驚くばかりで」

――それで、〈未知との遭遇〉だと。

「目の前に、突然宇宙船が現れたような感覚です。人間って、年齢を重ねるごとに体験や知識量が増えるから、知らないことや初めての体験が少なくなっていきますよね。ところが、突然来た。しかも、私が毎日向き合っている音楽の世界であるにもかかわらず、未知のものと出会ってしまいました。エドマールが演奏している間、たぶん、私、ステージ袖であんぐりと口を開けたままだったと思います。演奏が終わったときは、“ワーオ!”という興奮を自然に発していました。もう、大拍手」

楽器、演奏法、音……初めて体感するエドマールのプレイはまさに〈未知との遭遇〉だったという。

――エドマールもひろみさんの演奏を観たのでしょうか?

「観てくれました。彼も、“ワーオ!”と興奮していた(笑)」

――そのときのひろみさんのプロジェクトは?

「トリオです。コントラバス・ギターがアンソニー・ジャクソン。ドラムスがサイモン・フィリップス」

8月、都内で行われたインタビュー。エドマールとの出会ったときの興奮、そしてライブに向けての意気込みを語ってくれた。 8月、都内で行われたインタビュー。エドマールとの出会ったときの興奮、そしてライブに向けての意気込みを語ってくれた。
photography = Hiroyuki Matsukage

アンソニー・ジャクソンとサイモン・フィリップスの世界的なレジェンドを擁する上原のトリオ。世界中を興奮の渦に巻き込んだ。

エドマールとならば、1対1が3にも5にも10にもなると確信できた

――フェスでの演奏後、エドマールとは話しましたか?

「“いつか一緒にやりたいね!”と言って、会場で連絡先を交換しました」

――実際に共演したのは?

「1か月後です(笑)」

――それは早い! そんなに急でも、デュオで演奏ができるものなのでしょうか。

「私自身は絶対にいけると思っていました。モントリオールで彼の演奏を体験したときから、すごく相性の良さを感じていたからです。エドマールとならば、1対1が3にも5にも10にもなると確信していました」

――準備はできたのでしょうか?

「時間がなかったので、おたがいのリクエスト曲を上げて、楽譜を交換してそれぞれ練習して、当日に臨みました」

――選曲はどのように。

「エドマールの曲は「 Entre Cuerdas」。彼の代表曲の1つです。私の曲は「Place to Be」。ほかにはアストラ・ピアソラの「リベルタンゴ」も演奏しました。2人で初めて音を合わせたときの感動は忘れられません」

公開となった上原ひろみ x エドマール・カスタネーダのトレーラー。“brand new experience for everyone”という上原の言葉が印象的だ。

――エドマールも興奮していましたか?

「はい。ものすごく。ただ、彼は私とは少し違う感覚だったみたいです。私には、〈きっとうまくいく〉という確信がありました。一方、彼は、音を出すまでは不安だったそうです。彼はすでにたくさんの楽器とのデュオの経験があって、そのなかでもピアノとの共演はもっとも難しかったらしく。というのも、ピアノとハープは構造が似ていて、音がかぶりやすい。おたがいの音を邪魔してしまうリスクが高いのです。私は、そんなことも知らずに気持ち良く演奏しました。彼は、ピアノとのデュオなのになんて自由に演奏できるんだろう! と興奮したと、後日話してくれました」

――ひろみさんは“思った通りだった!”と感動し、エドマールは予想を覆す相性のよさに興奮した。

「はい(笑)。コロンビアのハープについて、私が無知だったからですけれど」

目の前に楽しそうなものがあるのに、そこに入っていかないなんて、私にはできない

――ひろみさんが相性の良さを感じるミュージシャンに共通する資質はありますか。

「明日を考えずに、今そのときの音楽に完全燃焼する人です」

――〈全出し〉体質。

「エドマールはまさしく全出しするタイプです。トリオで一緒にやっていた、アンソニーとサイモンも全出し系です。ステージで最後の曲が終わったとき、ひと滴もエネルギーが残っていません」

――すべてを出し切るからこそ、次の新しい何かが生まれるのかもしれませんね。

「エドマールはよく〈パッション〉という言葉を口にします。彼のパッションのレベルがハンパじゃない。私は1年に世界中で約150公演行っていますが、どこの土地でも、インタヴューでよく訊かれる質問があります。“毎日の演奏をルーティンにしないために、どんな工夫をしていますか?”という問いです。正直な気持ちを言うと、この質問の意味が私にはまったく理解できません。今日持っている自分のすべてを出し切っていれば、ルーティンになどなりようがありません。私のプロとしての初ステージは2002年です。イタリアのウンブリア・ジャズ・フェスティバルでした。初めてステージに立ち、“よし! やる!”と思った。あの時と少しも変わらない気持ちで、今もステージに上がっています。初心を忘れてはいけないと思うこともなく、今もただ、同じマインドです」

2010年8月17日〜22日の6日間12公演おこなわれた、ニューヨーク、ブルーノートでのソロ・ライブの20日、21日の模様

――エドマールとはそういった感覚を共有できた。

「ニューヨークのブルーノートで2日間4公演を終えて、すぐに彼に訊きました。“一緒にツアーをまわるのってどう?”と」

――二つ返事でしたか?

「はい。“喜んで!”と即答でした。とはいえ、エドマールはかなり驚いたようです。モントリオールで別れ際に、今度一緒にやろう、と約束したとはいえ、まさか1か月後に共演するとは思っていなかったみたい。しかも、そこで今度はツアーの話になって。ニューヨークのブルーノートでのショーのはじめに、ステージで歩み寄って“Nice To Meet You!”と握手したのがとても印象的です。“ひろみはいつもこうやって物事を進めてきたのかい?”と不思議そうに訊いてきました。そのとき、彼にも話しましたけれど、私、幼いころからずっとこうやって生きてきた気がします。初めてプールに行ったときには、そこにいるみんながあまりにも楽しそうだったから、自分が泳げるかどうかも考えずに水に飛び込んでいました。父親があわてて助けに来ましたけれど。目の前に楽しそうなものがあるのに、そこに入っていかないなんて、私にはできません。音楽でも同じ。エドマールと一緒にやったら、未知の音と出会えそうなのに、もたもた考えていることなどできませんでした」

――ツアーでは新曲も演奏しています。

「ピアノとハープのデュオのために“エアー”“アース”“ウォーター”“ファイアー”から成る4部作「ジ・エレメンツ」を書きました」

――この作品は『ライヴ・イン・モントリオール』にも収録されていますが、ピアノの音は美しく澄んで、ハープが情熱的に鳴って、景色だけでなく、風や、水や、大地の匂いまで感じられる作品です。

「ハープを勉強して、彼が演奏する映像を何度も観て、作曲しました。エドマールの音を頭の中で鳴らし、生まれてきたのが自然をテーマにしたサウンドです。私がはたしてハープで弾ける曲を書いてくるのか――。エドマールは心配だったようです。でも、譜面を送ると、“まるで僕のための曲のようだ!”と喜んでくれました。ただし、実際に演奏してみるとけっして簡単ではなかったそうです。ハープという楽器の構造上は可能でも、実際に弾いて、曲を自分のものにするにはかなり練習を重ねたと話していました。私はいつも“Challenging!”とくり返していて、彼が“So Difficult!”と言うので“Yes, Difficult But Not Impossible”と答えたら、笑っていました」

最新、モントリオールでのライブの模様

――今年6月に行われたニューヨークのブルーノートの公演にうかがいましたが、外には列ができ、会場内も大変な熱気でした。

「これまでの私の音楽を知っていて来てくださったオーディエンスは、なぜハープと共演?と感じたようです。かつての私自身もそうでしたけれど、ハープに対して流麗で柔らかなイメージを持っている人がほとんどですから。でも、皆さん、演奏が始まってすぐに疑問が解けたと言ってくれました。エドマールのハープには、リズムがあり、パッションがある。私がモントリオールで初めてエドマールの演奏を体験したときのように、びっくりしたようです。1曲目を終え、会場を見回した時の、お客さんたちの驚きと喜びの混じった笑顔はとても印象的です」

――ハープが主旋律を演奏しているとき、その上でひろみさんが色彩を描くようにピアノを奏でていきました。

「音楽の色は、常に意識しています。自分が頭の中でイメージしている色に、実際の音色が、年々近づいているというか、精度を増しているというか。たとえば、ブルーといっても、1つの色ではありませんよね。淡い水のようなブルーもあれば、濃いネイビーもある。そのデリケートな違いは、演奏中、意識しています」

エドマールとのデュオ・ライヴ・アルバム『ライヴ・イン・モントリオール』。フェスの前にチェックしておきたい。

――さて、いよいよ9月を迎え、20日にはエドマールとのデュオ・ライヴ・アルバム『ライヴ・イン・モントリオール』をリリース。24日はBlue Note JAZZ FESTIVAL in JAPAN 2017に参加します。

「このデュオ、日本では初披露なので、ものすごく楽しみです。実は、同じ9月にエドマールの母国、コロンビアでも演奏します。彼の国で演奏し、私の国でも演奏する。2人ともわくわくしています」

――エドマールは、かつてブルーノート東京にも出演しましたね。

「日本は3度目だそうです。ただ、これまでの2回は、ほぼホテルと会場の往復だけだったみたいなので、今回は日本の食事も食べさせてあげようと思っています。私は海外をツアーするとき、いつもインスタント味噌汁を持参しています。それを作ってあげると、彼はものすごく喜んでいます。日本ではぜひ、ほんものの味噌汁を体験させてあげたい。魚のアラや、ハマグリや、シジミや……。すごく興奮するはず。私自身はラーメンが大好きで、ニューヨーク公演のときは、牛肉でダシをとったラーメンのお店に彼を案内したんです。もう、大興奮! だから、日本ではカツオダシの中華そばとか、魚介ダシの京都風とかも体験させてあげたいですね」

上原ひろみ&エドマール・カスタネーダからのメッセージ。

神舘和典(こうだて・かずのり)
1962年東京生まれ。`90年代後半にニューヨークでジャズの取材を重ねる。『新書で入門 ジャズの鉄板50枚+α』(新潮新書)『上原ひろみ サマーレインの彼方』(幻冬舎文庫)』『25人の偉大なジャズメンが語る名盤・名言・名演奏』(幻冬舎新書)など著書多数。

【Blue Note JAZZ FESTIVAL in JAPAN 2017(9.23 sat., 9.24 sun.) 開催中止のお知らせ】

「ドナルド・フェイゲン&ザ・ ナイトフライヤーズ」は、ドナルド・フェイゲン氏の急病により、来日および本フェスティバルへの出演がキャンセルとなりました。フェイゲン氏来日キャンセルを受け実行委員会で検討しました結果、本フェスティバルの開催を中止することを決定しました。
本フェスティバルを楽しみにしてくださっていたお客様には、多大なご迷惑をおかけしますことを深くお詫び申し上げます。

2017年 9月 14日
Blue Note JAZZ FESTIVAL in JAPAN 実行委員会

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